とうとう試験当日。3週間でマスターできるわけはなく、経験をしにいくくらいの気持ちでいけばいいと、私は自分に言い聞かせた。受験会場は学生が多いとネットでは書いてあったな…。私は不安120%で試験場へ向かった。
私は不安のあまり、当日はお守りとして母の形見のブレスレット(神社で買ったらしいパワーストーンのブレスレットだった)を腕につけて挑んだ。母が亡くなってから数年。それはあまりに古びてしまっていて、身に着けることはほとんどしていなかった。
ブレスレットがはじける
作り話だと思った人もいるかもしれないが、これは本当だ。
試験場のある建物に入った瞬間、どこかにブレスレットが引っ掛かったようだった。古びたそれは私にほとんど気づかれることもなく弾け散ったのだ!切れた、という表現ではない、フロアで花火のように弾けたと言った方がしっくりくる。こんなことが、本当にあるって・・・不吉すぎる!これから試験が始まるというのに。。ブレスレットを拾えるだけ拾い集め、私は急ぎ足で試験会場へと向かった。
え!フルドレ?!
この年はコロナが出始めた年で、筆記と実技を一日で行う日程であった。(現在はそれぞれ別日に行っている)午前中は実技試験からだ。
試験会場に到着すると、そこは若い学生達で埋まっていた!試験官のおばさまがみんなの持ち物を不正がないかチェックしているようだった。平面製図で試験を受ける場合、原型(サイズは9AR)と呼ばれるものを製図用紙に写して持参するが、ドレーピングでは必要ない。
すぐに、試験官が到着して道具を出している私を見ながら問いかけてきた。
「原型は?」
「あ、ドレーピングでやります」
「・・・え!フルドレ?!」試験官はびっくりしながら言った。
そして、試験官の驚く声とともに、周囲の子たちが一斉に私を見た!ざわつく周囲、睨むような目つきで見てくる人もいた。こ、怖すぎる。
試験内容にはどちらでもいい(平面製図または立体裁断)って書いてあったのに。
フルドレって、フルドレーピングってこと?
小さく私は「・・・ハイ。」と答えた(厳密には袖はドレーピングが難しすぎて平面製図で作ったので、フルではないのだが。)
「そう、頑張ってくださいね。」試験官は笑顔(だったと思う)で私に言ってくれた。
事前準備で負傷する
試験が始まる前には、事前準備がある。トルソーに目印のバストラインやウエストラインなどをつける作業があるのだ。また、ジャケット試験の場合は、肩パッドをあらかじめトルソーにつけておく必要がある。
私が自宅で練習台として使っていたトルソーは、硬い発砲スチロール製のものだった。ほかのものと比べて格段に安かったのが買った理由だ。ほかのものは4~5万円ほどするが、これは2万円もしていない。試験当日、これが仇となってしまった。
試験会場のトルソーは、キプリス製だった。シルクピンで肩パッドを固定しようとしたとき、問題が発生した。
・・・針が刺さらない!
私はかなり動揺した。試験会場で使用されるトルソーは、発泡スチロール製ではなかった。もっと硬いものでできていたのだ。柔らか(だったらしい)トルソーで練習をしてきた私は、針を差し込もうとするばかりで(入らないのに)、プチパニックを起こしそうになった。
これでどうやってドレーピングすればいいの!何としてでも針をささなければ、こんな事前準備で出来なかったらこれまでの努力が水の泡だ。
私は力づくでシルクピンを刺した。すると今度は、シルクピンの頭が私の指に刺さったのだ!
指から溢れてくる血…。どれだけ硬いんだろう、このトルソー。私は、指を心臓より少し上げながら(大げさだけど)、試験官を見つめた。
(「先生、血が出ました。」)心の声で言った。
若い人たちの中で、こんな大人げない大人がいるなんて。穴があったら入りたい。
すぐに試験官と目が合ったが、あまりに恥ずかしすぎて、私はすぐに手を下ろしてしまった。
布に血がつくので、血が出た指先は使えない(痛いし)。少しの間ショックと痛みで立ち止まった。メインの指を負傷してしまったとは。
何とか針の刺し方を色々変えてみるうち、ほんの少し、針先がトルソーに刺ささるようになった。
良かった・・・。これで試験が受けられる!
みんな平面製図だった
ざっと30~50人はいると思われる試験会場だった。血が出るハプニングに合いながら、少し落ち着きを取り戻し、私は、私以外のドレーピング人口を気にしていた。(全く集中力がない私)
ドレーピングの人は、布を持ち、開始と同時に立ち上がって作業を始める。平面製図の人は、開始と同時に紙に鉛筆を走らせる。
「試験を始めてください!」
私は布を持ち、バッと立ち上がった。
同時に、バッと一斉にみんな下を向いて紙に向かい、鉛筆を走らせ始めた。
みんな平面製図だった。
この日はいろんな現実を目の当たりにする日だった。恥ずかしいを通り越して、もはや笑える気さえする。
カッコ悪いジャケットが出来上がる
そこからの記憶はあまり覚えていない。
最後の完成時に、襟の長さがそろわず恰好悪いジャケットの形を見たのは覚えている。あと、隣の人が時間に間に合わず袖が出来ていなかったのを試験官が「残念だね。失格だね。」と言っていたのも覚えている。
制限時間までに出来上がっていない場合は、部分点などはなく、そもそも採点対象にならない。その場で不合格確定だ。
だが、私も似たようなものだ。試験の間ずっと恥ずかしい思いをした日だった。あまりにも実力がなさすぎて、自分が情けなかった。
でも、もう経験したから対策はうてる。恥ずかしい思いをして得たこの経験を糧にすればいい。
私は来年の受験へと向け、とりあえず休息をした。
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筆記試験での体験記はこちら→(体験記④会場を間違えるアクシデントから合格までの奇跡)